『社会科学研究』第58巻第3・4合併号

戦時下の不動産業と「不動産金融」―勧銀大阪支店を中心に―
On the Hypothec Bank of Japan, The Nippon Kangyo Ginko during the war-time, 1937-1945
植田欣次/UEDA Kinji

Keywords: 不動産金融, 日本勧業銀行, 不動産銀行, 貸地貸家, 市街地金融,

抄録

 勧銀が不動産業といかなる関係にあったのか, その役割の解明は, 戦前戦後を通じて不動産金融史の研究は一定なされてきたが, 未だなされているとはいえない.近年になって唯一この問題を手がけられたのは橋本寿朗氏であるが, 「不動産業者と日本勧業銀行との取引は小さかったとみて誤りないであろう」と述べ, 「狭義の不動産金融が発達する道もなかった」と結論づけている.本稿はこの橋本寿朗氏の問題提起を受けたものである.その要点は, 太平洋戦争が始まる頃までの勧銀は, 市街地の宅地抵当金融を通じて不動産業と深くかかわっていた.それは, (1)勧銀の主な貸出先の1つが不動産業者(「不動産賃貸業(其他)」者とか「貸地貸家業」者としてあらわれる)であるという意味においても, また(2)勧銀から貸し出された資金の用途が「不動産資金」(中心は「貸地家」)であるという意味においてもそうであった.「不動産業者と日本勧業銀行との取引」は緊密であり, 「狭義の不動産金融」は存在していたのである.

abstract

The aim of this paper is to examine the connection between The Nippon Kangyo Ginko (the Hypothec Bank of Japan) and the real-estate business. When classified by borrowers, loans on city estate come first. The most part of loans on city estate are represented by loans on security of land and buildings in urban districts. The most important of the credits are so-called home credit such as made to finance purchase or construction of houses and lands for rent. And one of the principal function of this Bank is to finance a real-estate agent. Hence the Bank is called as a real estate bank or long-term credit institution. These facts may show how the loan activities of the Bank have close connections with the life of the common people.

社會科學研究 第58巻 第3・4合併号(2007-03-09発行)

(更新日: 2012年 11月 2日)

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