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研究

社研セミナー

「自然の権利」がつくられているとき:ガンジス川への法人格付与と権利の生成の人類学
中空萌(広島大学大学院)

日時:2024年10月8日(火) 15時~16時40分
場所:

オンライン(Zoom)

使用言語:日本語

報告要旨

 「自然の権利」とは、動物や生態系を法律上の主体として認識する哲学や法規定を意味する。近年その考え方に基づく立法や訴訟が世界中で増加すると同時に、自然や動物を所有客体としてのみ扱ってきた既存の所有権モデルを超えるための試みとして、「所有」という観点からその潮流を理解する研究群が現れている。特に権利主体が動物から川などの生態系へと拡張するにつれ、動物を生息地の「排他的所有権」の主体とする可能性だけでなく、「所有権=権利の束」と捉え、生態系を法主体とすることで「所有権」を構成する複数の権利(アクセス権、管理権、排除する権利)がいかに有効に再配分されるのかを問うアプローチが力を持ちつつある。

 一方で、こうした所与の諸権利のセットをもとにした影響分析では、「自然の権利」を捉える文脈を資源管理・維持という規定のアジェンダに限定してしまい、新しい権利の生成に伴う法実践の広がりや問題発見的意義を十分に把握できないのではないか。この問題意識のもと報告者は、現場の実践の中でいかなる事実や関心の「翻訳」により法がつくられているのかを観察する「法の生成の民族誌」のアプローチを参考に、インドと日本で調査を行なってきた。その結果例えば、ガンジス川に法人格を認めた判決は、「所有権=権利の束」をめぐる問題系だけでなく、川沿いの村の観光開発、困窮する弁護士たちの収入源の確保、そして川の物理的形状や流れに支えられる固有のガンジス信仰など、多様な関心との結びつきの中で成立したことが明らかになった。

 報告ではこのインドの事例を中心に(時間の許す限り日本や南米、ニュージーランドの事例と比較しつつ)、「権利の束」による分析では捨象される「自然の権利」の法実践の広がりの中に、従来の「(所有)権利主体」の前提を問い直す発想が含まれていることを、報告者の以前の研究(*中空萌 2019 『知的所有権の人類学:現代インドの生物資源をめぐる科学と在来知』)も踏まえて主張する。


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