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研究

社研セミナー

日本の財政危機をめぐる事実と言説
藤谷武史(社会科学研究所)

日時:2018年12月11日 15時00分-16時40分
場所:センター会議室(赤門総合研究棟5F)

報告要旨

 「国の公的債務は1200兆円を突破」「日本の公的債務の対GDP比は230%、先進国では突出した水準で、日本の第二次世界大戦敗戦時の水準すら上回る」といった数字をしばしば目にする。しかも少子高齢化の下で、今後も社会保障関係費は増加し、少々の増税では到底カバーできそうにない。日本の財政が危機にあることは火を見るより明らか、と言えそうである。近年のギリシャやアルゼンチンの財政破綻の事例も、財政破綻は「今そこにある危機」という言説を後押しする。
 他方で、「財政再建のために経済や社会(そのどちらに力点を置くかは論者によって違いがあるけれども)を崩壊させては元も子もない」「日本の公債は潤沢な国内貯蓄で賄われているし、経常収支も黒字である。そもそも自国通貨建ての借金なのだから、ギリシャやアルゼンチンの例は参考にならない」という言説も強く主張されている。
 日本の財政危機を巡って繰り返されるこの論争を前に、さすがに「国家は無限に借金できる」とまで言われれば眉唾ものだと思うけれども、「まだ(もう少しは)このまま行ける」と言われると「よく分からないけど、現に危機は起こっていないし、そんなものかな」と思ってしまう人も多いのではないか。そしてそれには一定の理由がある(決して一般の人々が非合理だからではなく)、と報告者は考える。分かりやすくかみ砕いて説明すれば国民にも伝わるだろう」という発想(その行き着く先の一つが「日本の財政を家計に喩える」という問題の多い比喩であるが…)ではなく、「財政危機は、それを訴える人々が考えるほどには自明ではない」「それをどう認識するか自体がとても難しい問題である」という認識から出発する必要があるのではないか。
 「財政再建は焦眉の急」派も「財政危機なんて(まだ)ないさ」派も、それぞれ事実(数字)を挙げて論証するのだが、それらの数字(例えば「公的債務1200兆円」「日本の国内金融資産1800兆円」等々)の「意味」についてはどれだけ共通理解があるのだろうか。財政を巡る事実(数字)には嘘はない(はず)なのに、それに基づく「言説」が何故こうもすれ違うのか。両者を繋ぐ理論 ― これは、経済学の範疇であると同時に、法制度的な関心事でもある、というのが本報告のささやかな主張であるが ― が欠けていることが、その原因ではないか。セミナーでの報告は、以上のような問題意識で取り組む報告者の研究の中間報告に留まらざるを得ないが、少なくとも問題の所在だけでもうまく伝えられれば、と考えている。

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