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研究

社研セミナー

経済国際化・経済危機と民主的統治
 -資本自由化と構造改革の規定要因
樋渡展洋(社会科学研究所)

日時:2011年 9月6日 15時-17時
場所:センター会議室(赤門総合研究棟5F)

報告要旨

 経済国際化への適応的成長戦略としての資本自由化と構造改革の進展に関し、民主的統治と権威的統治では違いがあるのであろうか?その場合、この違いは、民主的統治に対する我々の理解にどのような示唆を与えるのであろうか?この疑問は、ここ数年、報告者が手がけている相互に連関した二つのプロジェクトを貫く問題関心である。この報告では、この二つの研究の進捗状況を報告することで、この問題を考える手懸かりを提供したい。

 経済の国際化やそれに付随する経済危機の発生に直面して、民主的統治の方が市場開放や構造改革をより進展させるのであろうか。その理由は何であろうか。これが第一の疑問である。民主政と通商の理念的親和性は国際政治経済の(現実主義と対峙する)自由主義の系譜として主張されてきたが、最近の研究は、民主的統治の政策的特徴について、理念を超えた制度的基礎に着目している。その要諦は、民主政府の指導者は、経済変動にかかわらず選挙の洗礼を受け、その際の、経済運営の適切性に関する成果の宣伝(credit claiming)と特定の支持基盤を保護・優遇しているという非難の回避(blame avoidance)の要請が、国際市場指向的な改革を惹起させると構成できる。つまり、民主的政権の権力存続基盤(selectorate)の大きさと政権をめぐる党派的競争の存在とが、国際市場指向的な改革に向かわせる。その反面、権力存続基盤が大きくても党派的競争がない権威的統治では、(政権のみならず)体制の存続が経済成長の持続に依存するため、政府主導の経済成長路線を放棄しきれず、市場指向的改革に限度があると仮定できる。報告では、両政体の違いが鮮明に出るはずの通貨政策―通貨価値安定下の資本自由化と金融政策自律性のジレンマ―で検証を試みる。

 しかし、このような民主的統治に特徴的な経済の改革推進要因が検証できたとして、その結果は、新自由主義をめぐる対立下の党派的政策に実施(党派的政策論)や、拒否権者の既得利害代表による現状維持(拒否権者理論)といった民主統治をめぐる理解と矛盾しないだろうか。これが第二の疑問である。この疑問に対して、報告は、政権政党が、上述のように選挙結果を意識して改革を実行する場合、中位投票者に近い、与党支持者よりも穏健な政策を提案した方が、議会対策上有利であるだけでなく、選挙での経済政策の成果宣伝と非難回避にとっても有利であるという仮定を構成し、党派的政策論や拒否権者理論に挑戦する。その検証は、OECD諸国の構造改革や財政再建の規定要因として(国際経済危機への脆弱性を統制できるとして)、中位議員選好と中位与党議員選好のいずれが、また議員選好と制度要因のいずれが妥当かによって試みられる。

 以上の仮説の構成とその(期待される)実証は、民主的統治での国際市場適応的な改革が、経済危機のような緊迫した状況を契機に、政権政党の党派性にかかわらず、実現される場合は、妥協的政策として実施されることを示唆して、経済政策課題をめぐるイデオロギー対立や政権交代の役割に関して新しい視点を提供すると思われる。報告への参加者の指摘や批判を糧により、この仮説と実証の一層の洗練を図りたい。


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