新刊著者訪問 第8回

『再交渉義務の理論』
著者:石川博康
有斐閣 2011年: 6600円(税別)

『「契約の本性」の法理論』
著者:石川博康
有斐閣 2010年: 9000円(税別)

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第8回となる今回は、民法・法史学を専門分野とする石川博康准教授の『再交渉義務の理論』『「契約の本性」の法理論』(共に有斐閣)をご紹介します。

再交渉義務の理論
<目次>

はしがき

第1部 「再交渉義務」論の構造とその理論的基礎
序 章
第1章 再交渉義務の概念
第2章 ドイツにおける再交渉義務論の諸相
第3章 ドイツにおける解釈論としての再交渉義務論の展開
結 章 日本法の分析と解釈論の試み
第2部 再交渉義務を中心とした事情変更法理の構造
序 章
第1章 事情変更法理の目的と再交渉義務
第2章 フランスにおける不予見理論と再交渉義務
第3章 イタリアにおける過大な負担の法理と再交渉義務
結 章 事情変更法理の効果論の構造化に向けて

引用文献一覧/ 事項・人名索引/ 史料・条文・判例等索引

「契約の本性」の法理論
<目次>

はしがき

序 章
第1章 ローマ法におけるnatura contractusと三分法の理論
第2章 中世ローマ法学における三分法の理論の生成と展開
第3章 近代のフランスおよびドイツにおける「契約の本性」論と民法典
第4章 現代における「契約の本性」論
結 章

引用文献一覧/ 事項・人名索引/ 史料・条文・判例等索引

――初めに『「契約の本性」の法理論』については、第4回商事法務研究会賞(2008年度)、及び今年度の第9回天野和夫賞のダブル受賞おめでとうございます。

天野和夫賞授賞式

この賞は「法の基礎理論研究において優れた研究をもって学界に貢献した
者」に授与されるもので、2011年12月11日(日)に立命館大学衣笠キャ
ンパスにおいて受賞授与式が挙行されました。

――今回は2冊ご紹介するのですが、まず『再交渉義務の理論』が修士論文、『「契約の本性」の法理論』が助手論文とのことで、極めて専門性の高い学術書ですが、そもそもの関心・問題意識について教えてください。

 これら2冊の著書ですが、今御紹介頂きましたように、いずれも大学院生および助手の頃に行った研究をまとめたものでして、ほぼ連続した時期に執筆したものなのですが、それぞれにおける研究の手法はかなり異なったものになっています。具体的には、『再交渉義務の理論』では、ハーヴァード流交渉術などによって知られるいわゆる交渉理論に依拠した社会科学的な分析を行いましたが、『「契約の本性」の法理論』では、契約規範の区分に関するローマ以来の理論展開をめぐる歴史研究が論文の中核をなしています。

 もっとも、いずれの研究も、その基礎には共通した問題意識がありまして、それは、「契約における個人の自律的決定は、自己完結的なものではあり得ず、それを制度的に支援しかつ積極的に枠付ける法制度の存在を必然的に要請している」という基本的認識の下で契約に関する法制度の具体的機能を理解する、というものです。契約締結後の再交渉の場面における法制度による支援の必要性とそのあり方について検討したのが『再交渉義務の理論』であり、契約における契約内容の自律的形成は一定の契約類型に包摂される限りでかつその範囲内においてのみ可能となるという、契約法における類型強制システムの制度的構造について考察したのが『「契約の本性」の法理論』である、ということになります。今回の2冊の著書では、共通したデザインを採用して姉妹書のような形式で出版させて頂いていますが、そこには、これらが連続した時期に執筆されたものであるだけでなく、その問題意識においても通底しているということを表現したい、という隠れた意図が込められています。

――それぞれ、執筆に関してご苦労されたことはどのようなことでしたか?

 まず、『再交渉義務の理論』ですが、修士課程の学生だった頃は、法哲学や法社会学など、自分の専門である民法とはやや距離のある基礎法分野の演習に熱心に参加していたために、修士の2年目になっていざ民法の論文を書き上げなければならないという段階になってから、それまで自分が関心を抱いてきたことと実際の研究テーマとの間の距離を埋めていくのに、とても苦労しました。寄り道ばかりしていて肝心の仕事の方が滞るというのは、その頃からの悪癖で、今となっては、残念ながらもう治る見込みもなさそうです。

 それに対し、『「契約の本性」の法理論』では、研究テーマや分析手法については助手論文に着手した時点で既にある程度の見通しが立っていましたが、そうは言っても、語学学校に通ってラテン語や古典ギリシャ語の勉強から始めるという歴史研究の初歩の初歩からのスタートでしたので、この論文を完成させるまで相当に先は長そうだな、と感じていたところ、実際、助手論文の研究を始めてから今回の単行本の出版までには10年という長い歳月を費やすことになりました。もっとも、これまでの研究をこうして単行本にまとめることで一応の区切りをつけることにはなりましたが、私にとって文字通りのライフ・ワークである契約法研究としては、まだ緒に就いたばかりであると実感せざるを得ません。これからも、色々な寄り道を繰り返しながらのゆっくりとした歩みにはなりそうですが、少しずつでも自身の研究を前進させていきたいと思っています。

――ところで、2冊とも表紙の装画がとても素敵ですが、美術はお好きですか?

 単行本のデザインだけでなく表紙の装画に関しても、出版社には色々とわがままを聞いて頂きまして、『「契約の本性」の法理論』の装画に関してはトゥールーズのオーギュスタン美術館と、また『再交渉義務の理論』の装画に関してはブリヂストン美術館と、それぞれ自ら交渉をして画像の使用許諾を得た上で、表紙の装画として使わせて頂いています。

  • 家族に別れを告げる執政官ポエティウス

    ジャン=ヴィクトル・シュネッツ
    「家族に別れを告げる執政官ポエティウス」
    Jean-Victor Schnetz, Les adieux du consul
    Boetius à sa famille,< 1827
    (Toulouse, Musée des Augustins, Photo by STC
    - Ville de Toulouse)

  • 黄昏、ヴェネツィア

    クロード・モネ「黄昏、ヴェネツィア」
    (ブリヂストン美術館蔵)
    Claude Monet, Twilight, Venice, 1908
    (Bridgestone Museum of Art, Tokyo)

 なぜこれらの絵を表紙の装画として選んだのかにつきましては、有斐閣の広報誌「書斎の窓」(601号および611号)に掲載致しましたエッセイの中でそれぞれについて若干の解題を試みていますが、私の中では、芸術を鑑賞することは、自身の中の主観的地平とその対象の属する様々な意味世界との関係について具体的に考える良い機会であるように感じています。その作品が作られた美術史的な文脈や時代背景、作品の背後にある作者の個人的な意図、そしてそれを鑑賞する側における主観的な地平、そういった様々な意味世界との関係から切り離して芸術を理解することは、私にとってはとても不可能なことのように思われます。

 このことは、法学に関する様々な素材や史料に向き合う場合でも同様であると考えています。芸術作品であれテクストであれ、それらに関する唯一絶対の理解に到達することはもとより不可能であるとしても、それが不可能である根源的な理由を含め、それらの対象の周囲にある意味世界との関係をより深く理解することによって、解釈対象に可及的に接近していくことが可能となると考えていますし、またそれは自身の研究に際して常に念頭に置いている事柄の一つでもあります。

 芸術に対しては、もっと単純に、虚心坦懐に向き合うことを心掛けるべきだ、という考え方もあるだろうとは思いますが、こういう余計なことを考え過ぎてしまうこと自体が自らの性分のようなものなのかも知れません。美術が好きですかという御質問に対しては、もちろん美術は好きです、とだけお答えすればよいのかも知れませんが、なぜそれが好きなのかについて具体的に説明しようとすると、どうしてもこのような回りくどい説明になってしまいます。

――いえいえ、図らずも先生の核心を衝いてしまいましたね。

 こうしてインタビューにお答えしていても、単純に考える、簡単に説明する、そういったことが自分にとってはいかに苦手であるのかということを、改めて思い知らされます。もっとも、ある意味では、こうして質問に対する受け答えに四苦八苦していること自体が、研究者としての私自身の姿を端的に表しているようにも思われますし、そうであれば、今回の企画の意図には沿っているとも言えるのかも知れません。分かり易い受け答えができないことの言い訳としてはいかにも苦しいですが・・・。

石川博康先生
石川博康(いしかわひろやす)

東京大学社会科学研究所: 准教授

専門分野:民法・法史学

主要業績
「履行請求権排除法理と事情変更法理の競合」ジュリスト1434号11頁(2011年)
「法律行為概念の歴史性と普遍性」民事研修652号2頁(2011年)
「『信頼』に関する学際的研究の一動向」中山信弘=藤田友敬編『ソフトローの基礎理論』67頁(有斐閣・2008年)

――では最後に今後の抱負をお聞かせください。

 いずれにしても、私にとっては、社会科学的な分析も、歴史研究も、対象であるテクストの背後にある様々な文脈に降り立って、それらの多様な意味連関の中での多角的なテクスト解釈を試みるための一連の作業であり、芸術の解釈などに際してもそういったことをいつも意識しています。より多くの意味世界に触れながら、法やその制度に関するより深い理解に近づくことができるよう、これからも様々な寄り道を厭わずに続けていきたいと思っています。

(2012年2月22日掲載)

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