新刊著者訪問 第9回

『平成不況の本質—雇用と金融から考える』
著者:大瀧雅之
岩波書店 2011年: 700円(税別)

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第9回となる今回は、マクロ経済学・景気循環理論・経済成長理論を専門分野とする大瀧雅之教授の『平成不況の本質-雇用と金融から考える』(岩波書店)をご紹介します。

平成不況の本質
<目次>
はじめに-不況、そして東日本大震災
第1章 「デフレ」とは何か
―長期的視野から考える
第2章 なぜ賃金が上がらないのか
第3章 企業は誰のものか
第4章 構造改革とは何だったのか
終 章 いま、何が求められているか
あとがき/参考文献

――この本の計画は震災前からあったのですか?

 本の企画は震災前からありましたが、できるだけ広範囲の人に分かりやすく日本経済の現状とあるべき姿を分かっていただくために、何度も岩波書店の安田衛さんと構成を練り直しました。実際に執筆にかかったのは、昨年五月からですから、本の中には震災からの教訓と被災者の方々や被災地域への対応策が盛り込まれています。

――早速ですが、どのような悪循環が平成不況をもたらしたのでしょうか?

 本書で言う経済の悪循環とは、

有効需要の低下→失業率の上昇→労働生産性の低下
→賃金上昇率の低下
→ディスインフレーション(インフレ率の低下)
→消費・設備投資などの有効需要の低下 → …


という経済循環のメカニズムです。この閉じたループの発端となった有効需要の低下(長期不況の引き金となった需要の停滞)としては、次の二つの要因が考えられます。

 第一には、企業の海外直接投資が異様な勢いで伸びていることが挙げられます。一般に企業の設備投資は二つの役割があります。一つは有効需要の構成要因となることです。つまり、設備投資とは機械や建物を新たに発注することですから、経済全体での財・サービスに対する需要の一部となります。こうした需要が国内ではなく、海外に漏れ出すことになると、いきおい、国内需要は滞り日本経済に対して好ましからぬ影響を与えることになります。

 今一つには、設備投資は生産能力の増加を意味します。しかし機械や建物だけで財・サービスを生み出すことはできません。そこで働く人が必要となります。このことを裏返して言うならば、海外に積極的にオフィス・工場を立地することは、国内での新しい雇用機会を奪い失業率を高める要因となります。したがって、この意味でも無定見な企業の海外直接投資は、長期不況を深刻化させる大きな要因となっています。

 第二には、1990年の「バブル」崩壊、1997年の東アジア金融危機、2008年のリーマンショックを通じた金融市場の崩壊が挙げられます。現在、株価は往時の三分の一、地価は半分以下になっています。これほど膨大な損失は、人々の資産を大幅に減少させると同時に、社会全体で将来に対する不安を醸成し、家計・企業の消費・投資意欲を著しく削いでいると考えられます。

大瀧雅之先生

――なるほど、この厳しい状況から次世代のためになすべきこととして「教育」の大切さを説いていますが、「社会的な存在であること」とはどういうことですか?

 「あとがき」にも記しましたが、人は一人では生きることができません。他の多くの人の仕事に(ほとんどの人は名前も顔も知ることができませんが)助けられながら、自分の生業を立てているというのが、現代社会の真の姿です。この無意識に形成される分業関係に依拠して生きていることを、本書では「社会的存在である」と定義しています。

 一般に社会的分業を円滑に進めるには、初中等教育と家庭での教育が決定的な役割を果たすと考えられます。似たような物事の考え方や仕事しかできない若者が増えれば、社会的分業は機能不全に陥ること必定です。

 「偏差値教育」のもたらす最も大きな罪悪は、こうした若者の「規格化」にあります。教育の第一の目的は、短期的に入試などの結果を求めることではなく、学ぶことそのものの過程・プロセスの大切さ・喜びを知るきっかけを与えることだと、私は考えています。もちろんそのためには、ある程度の達成感が必要ですが、それが行き過ぎた形になっているのが、現在の日本の姿ではないかと思います。

 人生は長いのですから、辛いこと・思うに任せないことがあっても挫けることなく、自らを省みながら前へ進むことができれば、一時の回り道はかえって子供達の人生の宝となると確信しています。それぞれ異なった能力を持つ仲間や先輩に対する思いやりのある優しくて強い心は、そうして養われるのではないでしょうか。こうした生来ほとんどの子供達に備わっている素質を、本書では「インネイト」という概念で括っています。

――意味の深い言葉ですね。

 はい。しかしこの概念は、現在ではむしろ親や教師たちに用意された言葉となっているのではないでしょうか。つまり、それがたとえ子供達の意思や志向に反していても、自分の思う方向へ子供たちを誘導できないと、自分の子供や生徒・学生が人生を誤ると考えがちなのが、偽らざる現状でしょう。親・教師は子供達の生来の多様な能力を信ずるべきであり、われわれはそのきっかけを与えることができるに過ぎないことを、強く自覚すべきと思います。

――経済理論を展開しながら現代日本社会を厳しく批判しているようですが…

大瀧雅之先生
大瀧雅之(おおたきまさゆき)

東京大学社会科学研究所教授

専門分野 : マクロ経済学・景気循環理論・経済成長理論

主要業績
『景気循環の理論:現代日本経済の構造』東京大学出版会, 1994年.(第37回日経・経済図書文化賞受賞)
『動学的一般均衡のマクロ経済学:有効需要と貨幣の理論』東京大学出版会, 2005年.
『貨幣・雇用理論の基礎』勁草書房 2011年.

 私は別に強く批判しているとは考えておりません。多様な現実を経済理論で統一的に解釈すれば、本書のような結論が得られるのは、ごく自然であり、また同時にそれを踏まえて将来のあるべき姿も提示できると考えているからです。

――最後に、この本の1番のポイントについて教えてください。

 本書で最も強く訴えたかったことは、失業とは市場経済の社会悪であるということです。つまり、働き盛りの親が失業して明日の暮らしを毎日心配して暮らさざるを得なくなると、家庭は崩壊の危機に瀕します。これでは子供たちが安定した環境で、「インネイト」な能力を伸ばし将来優れた職業人となることが、困難になってしまいます。特に被災地で家や街を奪われ職に就けない方々の窮状は、推して知るべしです。

 こうしたことは、先ほど述べた日本経済の悪循環を長期化・深刻化させる方向で作用します。このとき企業は海外直接投資による利潤の追求のみに奔ってよいのでしょうか。本書の第三章「企業は誰のものか」では、本来の企業のあるべき姿が理論的に描写されています。

(2012年4月9日掲載)

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