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新刊著者訪問 第27回

『就業機会と報酬格差の社会学 非正規雇用・社会階層の日韓比較』
著者:有田 伸
東京大学出版会 2016年:3400円(税抜)

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第27回は、有田 伸『就業機会と報酬格差の社会学 非正規雇用・社会階層の日韓比較』(東京大学出版会2016年3月)をご紹介します。

就業機会と報酬格差の社会学
目次詳細はこちらへ
主要業績
『韓国の教育と社会階層―「学歴社会」への実証的アプローチ』(東京大学出版会、2006年)
韓国の教育と社会階層
『国際移動と移民政策―日韓の事例と多文化主義再考』(山本かほり・西原和久と共著)(東信堂、2016年)
国際移動と移民政策
「新卒一括採用制度の日本的特徴とその帰結─大卒者の「入職の遅れ」は何をもたらすか?」石田浩編『格差の連鎖と若者 教育とキャリア』勁草書房(勁草書房、2017年)
格差の連鎖と若者

――カバーに描かれている挿画の椅子が意味深ですね。まずは概要からお話ください。

 イスの挿画、気づいてもらえてうれしいです。この本では、日本社会の報酬格差を「イス取りゲーム」のイメージで理解しようとしています。「世の中には、高い報酬が得られるイスと、そうではないイスが存在していて、ひとびとは高い報酬のイスをめぐって競争している」という考え方は、一般にはかなりポピュラーなものですが、現在学問的にはそうではありません。日本では、正規雇用と非正規雇用間の所得等の格差が深刻な問題となっていますが、このような格差の要因をすべて就業者個人の側に帰してしまうのではなく、イス、すなわち就業機会の側に報酬が結び付いている、という視角から説明してみよう、というのが本書の試みです。

挿画の椅子

装画-矢野静明

 そのためには、さまざまな就業機会が、互いにどのように区別され、具体的な報酬がどのように結び付けられるのかを検討する必要があります。本書ではこの課題に、格差の「正当化」に着目する社会学の視点、そして韓国や台湾などとの国際比較の視点を活かして取り組んでいます。

――格差問題の中でも「報酬格差」に着目されたきっかけは何でしたか?

 私はもともと、日本との比較の視点から、韓国の教育と社会階層について研究していました。韓国における「教育機会の平等」のあり方はとても特徴的で、同時にそれが韓国社会の大きな学歴間格差を正当化するという機能も果たしていました。
 その後、教育や学歴の問題から、労働市場における格差の問題へと関心が少しずつ広がっていったのですが、そうすると「学歴が生み出す格差」については確かに韓国の方が特徴的である一方、「雇用が生み出す格差」については日本の方が特徴的で、そのあり方がきちんと説明されるべきではないか、と感じたことがきっかけの1つです。

――なるほど、韓国から逆に日本を見たということですね。

 日本と韓国は似ている部分が多く、非正規雇用の問題に関しても、これまでその類似性を強調する議論が多かったように思います。しかし詳細にみてみると、日本と韓国の非正規雇用には微妙な違いがあり、その違いに着目することで、それぞれの社会の非正規雇用の性格をより良く理解できるのではないか、と考えました。
 本書が特に注目したのは、非正規雇用がどのように定義され、どのように捉えられているかの違いです。「アルバイト」や「契約社員」といった呼び名が共通するなど、日本と韓国の非正規雇用は似ている点も多いのですが、政府の雇用統計において、韓国では客観的な労働条件の違いにこだわった定義と捕捉がなされているのに対し、日本では「勤め先における呼称」に基づくのが一般的です。このような定義や捕捉方法の違いこそ、それぞれの社会の非正規雇用の性格をもっともよく示しているのではないか、と考え、本書ではそれぞれの社会の非正規雇用の性格について、ひとびとの「想定」なども視野に入れつつ、さらに踏み込んだ議論を行っています。

――先ほど「きっかけの1つ」とおっしゃいましたが、他にもあるのですか?

 そうですね、もう1つのきっかけは、現実の格差を説明するための枠組みの幅を少しでも広げられないか、と感じたことです。就業者間の報酬格差の原因を、就業者個人の技能や資質の違いのみに求めるのではなく、それとは異なる代替的な見方を示していくことも、格差問題を適切に理解し、必要な対処を行うために有益でないか、と考えたのです。
 しかし、最終的にどうまとめるか、十分に見通せないまま執筆をはじめてしまったので、議論の方向については悩んでばかりでした。特に、代替的な説明枠組みを築こうとした最後の章(第6章)の執筆は本当にきつくて、毎日どんよりした気分で、ため息ばかりついていました。また、予想外に議論の範囲が広がってしまったことも大変でしたね…。もともと遅筆なこともあって、本を一冊書き上げるのは本当にしんどかったのですが、それでも、単行本を通じてこそ展開できる議論も何かあるのではないか、との想いで何とか踏ん張りました。

――大変でしたね。ところで本書の執筆には、東大社研という環境の影響も大きかったそうですね?

 そうなんです。この本はお世辞抜きで、東大社研に来ていなかったら決して書けなかった本でした。学問領域を超えた活発な議論や、先輩や同僚の方々の研究に触れることで、本書の問題関心は育まれてきました。逆に本書は、労働の場における格差や不平等の研究が主要な課題となってきた東大社研に、社会学と韓国研究を専門とする私が着任したことでできることがあるとすればそれはいったい何だろうか、を私なりに考え続けた結果といえるかもしれません。格好をつけすぎかもしれませんが(笑)。

――いえいえ、では最後に読者へのメッセージをお願いします。

 手前味噌ですが、現在の日本社会がかかえている格差の問題を考える上で、社会学の視点、そして東アジア比較の視点は、とても有効なのではないかと思っています。本書を通じて、少しでもそれが伝わればこれ以上に嬉しいことはありません。

(2017年3月31日掲載)

有田伸先生

有田 伸(ありたしん)

東京大学社会科学研究所 教授

専門分野:比較社会学(教育・労働市場・社会階層の東アジア比較)


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