外部評価報告書

個別報告書
吉川 弘之

東京大学社会科学研究所 外部評価報告書
2000年2月22日

1 まえがき

 社会科学を、データに依拠した実践的科学と考え、しかも既存の伝統的領域(経済学、法学など)を超えた学術的研究によって研究が推進されるものと定義し、その定義に忠実にできる限りのデータの収集を行い、共同研究による研究方式で研究所が運営されているのは真に正しいことと思われる。

 しかも、対象を主として日本としていることは、データ収集のフィールドを考える場合に適しているばかりでなく、研究成果の政策適用の可能性、ということは適用結果の成功不成功を通じての仮説検証の可能性という点から言っても優れた研究計画の設定であると思われる。

 社会科学研究所は、このような研究対象と研究方法の設定という点で正当であり、かつ生産的である。そしてそれを実際に実行しているという点で、極めて高く評価できる、数少ない優れた研究所であるということができる。この評価を前提にしつつ、以下に若干のコメントを述べることにする。

2 目標設定について

 理工系の学問は、多くの領域において著しい展開を20世紀において成し遂げた。しかもその展開は急速に進行中で、止まるところを知らないと言うべきである。そのような状況の中で、例えば生命科学系では人間の基本的な倫理観と抵触する研究の可能性が生じて来たり、科学に裏打ちされた産業活動ではその巨大化が環境問題を引き起こしたり、物理学を中心とする巨大科学では基礎研究のコストが国の財政を圧迫するというような、いわば基礎研究の進展が人類にとって始めての困難を生み出しているという状況が生じて来ている。

 もちろん、このような状況は、理工系科学の人類への恩恵が限りなく大きいものであるということを根拠にしているのであって、問題が生じたから研究をやめるというような性質のものではない。しかしそうであればこそ、上記の問題は深刻なのであり、理工系科学の進歩を止めることなしに、解決しなければならない課題なのである。

 これを理工系研究者の側から敢えて言えば、現代社会が抱える問題のうちの多くは、理工系科学の進歩の結果と関係しているということであり、しかもこれらの問題は、その解決の方法を理工系学問の中に見出すことはできない、というのが現在の、理工系学問の内側における議論のおおよその結論である。従って、理工系学問の一部では、社会科学系研究者を招いて共同研究を行うことも始められている。

 社会科学研究所がこのような問題に取り組もうとするとき、恐らく従来の学際的方法には限界があるのではないか、と予想される。それは、前述のような問題の多くは、そもそも学問が分割されていることを原因に生起しているのであって、問題解決ごとに適当な専門分野を結集して研究を行うというやり方では新しい問題の生起を防ぎ得ないと言うべきだからである。社会科学研究所の、情報収集と共同研究についての大きな実績から言えば、現代社会において急速に生起している、科学の社会的適用に関する問題を、それを解くための新しい方法の創出、ということは新しい学問領域の定義とそこでのディシプリンの開発、というプログラムを立てて欲しいところである。

3 方法的な基礎について

 以下に述べることは、評者の理解不足による誤解もあろうかと思うので、もし十分な解決がすでに成されているのであれば無視して頂きたい事である。

 それは、研究における差異性と類似性という問題である。例えば、社会システムの国際比較、2つの学説、歴史的変化過程など、多くの研究でいくつかのものを比較し、それを分類するということが行われるであろう。評者の体験によれば、新しい学問分野を作ろうとするとき、取り扱うものとして定めた対象集合がまずあって、その対象集合に分類を導入することが最初に行われることになる。そのとき、ある対象が別の対象とどんな関係にあるかが1つ1つ検定されていく。実はこの検定には2つの方法が適用可能である。

 第一が差異性である。例えば四角形と六角形が与えられたとき、辺の数の違いで両者を識別するのは差異性による分類の導入である。

 一方、第二の方法として類似性(共通性)も用いられる。四角形と六角形とは、平面図形という意味で同じ、と言うのも1つの分類である。この場合、第一は、辺の数という内包で両者が分離されたのであり、第二は平面図形という内包で両者が統括されたのである。

 しかし、分離か統括かというのは上述の内包に固有のことではもちろんない。例えば、六角形と正四面体とを比較することになると、平面図形は両者を分離し(正四面体は立体図形)、辺の数は両者を統括する。即ち、数学的には差異性による分離と、類似性による分離とは同値である。

 しかし、現実に我々の行う分類は数学のように完全なものではない。従ってある対象集合に分類を導入するとき、差異性と類似性とのどちらに比重をおいて考察を進めるかに依存して、結果として得られる分類体系は大いに異なる可能性がある。従って、そのどちらを用いたかを研究において明示することが必要である、と評者は考えているのであるが、社会科学研究所の研究が、このことをどのように定めているかが読みとれなかった。

 敢えて言えば、日本を対象にして研究を行うとき、その研究が今後の国際協力に役立つという場面を考えると、日本と他国との差異性を視点とせず、類似性を視点とする研究の方が有効なのではないかと想像しているのであるが、それは基礎研究の外の話になるのかもしれない。

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