東京大学社会科学研究所

東京大学

MENU

案内

新刊著者訪問 第38回

民主主義とは何か
著者:宇野 重規
講談社現代新書, 2020年10月:940円+税

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第38回は、宇野重規『民主主義とは何か』(講談社現代新書 2020年10月)をご紹介します。

――なぜ、このような本を書かれたのですか。

 最初はもっと現代的な本を書くつもりでした。振り返ればこの10年以上、「熟議民主主義」、「闘技民主主義」、「結社民主主義」など、「〜的民主主義」をテーマにする本が多かったと思います。自分なりに新味のある議論を考えていたのですが、2017年くらいからポピュリズムが話題になり、さらには「民主主義の危機」がしばしば語られるようになりました。コロナ危機ではむしろ、スピードある決定を下せる権威主義国家の方が好都合であるという議論さえ耳にするようになります。これは民主主義そのものについて、じっくりと腰を据えて議論をしなければならないと思いました。

――古代ギリシアから始まる、実にオーソドックスな本ですね。

 確かに民主主義(デモクラシー)という言葉の生まれた古代ギリシアには特に力を入れて書いています。けれども、最近ではジョン・キーンの『デモクラシーの生と死』や、デヴィッド・グレーバーの『民主主義の非西洋的起源』のように、古代ギリシア以外に民主主義の起源を見出す議論の方が目立ちます。その意味では、時代に逆行した「西欧中心主義」という批判を受けるかもしれないと覚悟しています(笑)。それでもこれは確信犯的なものです。
 古代ギリシアの民主主義には徹底したものがあります。確かに民会には女性や長期在留する外国人が参加できないという限界がありましたが、それでも財産の有無にかかわらず、多くの市民に開かれたものでした。さらに裁判を民衆自ら行い、公職を抽選で選ぶことで、すべての市民に任務につく可能性がありました。アリストテレスがいうように、選挙は実は貴族政的で、むしろ抽選が民主的であると考えられたのです。すべての市民が政治に参加し、当事者意識を持って判断を下し、その責任を取る。このような「参加と責任のシステム」としての民主主義像をはっきり示した点を重視しました。

――民主主義とは選挙のことではないのでしょうか。

 そのような考え方が有力ですが、必ずしも正しいとは言えません。そもそも西欧で発展した議会の起源は身分制議会であり、民主主義とは直接結びつきません。この身分制議会がのちに国民の代表と読み替えられたのですが、ジャン=ジャック・ルソーは「選挙の日だけ自由であっても、議員が選ばれれば元の奴隷に戻ってしまえば意味がない」という趣旨の発言をしています。選挙のとき以外は政治に関心を持たず、議員にすべてを任せてしまうなら、それは民主主義とは言えないのです。もちろん、現代において選挙に基づく代議制民主主義は、とても重要です。しかし、それだけが民主主義ではありません。古代の民主主義と、近代の代議制民主主義がはっきりと別のものであると強調しているのが、この本の特徴の一つです。

――意外と思い切ったことを主張されているのですね。他に独自の主張はあるのですか?

 現在、私たちが学校で習う民主主義の諸制度が、それほど古いものではないという点も、この本のオリジナルな主張かもしれません。有名なルソーの『社会契約論』や、アメリカ建国の父たちの『ザ・フェデラリスト』も、民主主義の具体的な制度を構想しているわけではありません。重要なのはジョン=スチュアート・ミルの『代議制統治論』や、ウォルター・バジョットの『イギリス憲政論』であって、これらは1860年代の作品です。代議制と官僚制の関係や、大統領制と議院内閣制の違いなど、私たちの常識の多くはこの時期に成立したものです。現代から150年ほど前のことに過ぎないのであり、逆に言えば、今も民主主義の諸制度が決して完成しているわけではありません。まだまだ改良の予定があるのです。

――20世紀の部分では、ウェーバーやアーレント、シュンペーターやロールズも登場します。

 あまり教科書的にならないよう、なるべくそれぞれの思想家の意外な部分を取り上げるようにしました。アーレントの場合、通常、取り上げられるのは『人間の条件』でしょうが、本書では『全体主義の起源(原)』の「モッブ」の議論に注目しています。これは19世紀ヨーロッパの階級社会から脱落した人々を指してアーレントが使っている言葉で、必ずしも下層階級とは限りません。英国上流階級でノーマルなコースから脱落し、植民地などで活躍したセシル・ローズやトーマス・エドワード・ロレンス(アラビアのロレンス)などの描写が興味深いです。彼らはともかく、階級社会から脱落した人々は、自分を排除した階級社会と、それを代表すると称する代議制を激しく憎悪します。そこにはどこか、現代代議制民主主義に対する多くの人々が感じている失望と似たところがあるように感じられます。

――最後にひとことメッセージをお願いします。

 現在、民主主義の危機が語られます。「民主主義が正しい結論を出すとは限らない」、「民主主義は危機に対応できない」、「民主主義は不安定だ」とよく言われます。でも考えてみて下さい。そのような民主主義批判は、2500年前からずっと繰り返されてきたものです。にもかかわらず、民主主義は生き延びて、今日まで来ているのです。現在の危機を乗り越えて、民主主義がさらにバージョンアップすることに期待しています。

――どうもありがとうございました.

(2021年2月9日掲載)

宇野先生

宇野 重規 (うの しげき)

東京大学 社会科学研究所 教授

専門分野:政治思想史

前回インタビュー

TOP