案内
新刊著者訪問 第35回
『岐路に立つ自営業―専門職の拡大と行方』
著者:仲修平
勁草書房 2018年11月:4,500円+税
このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。
第35回は、仲修平『岐路に立つ自営業―専門職の拡大と行方』(勁草書房 2018年11月)をご紹介します。
――研究者としてのスタート時点からずっと「自営業」をテーマとして取組んでこられたそうですが、現在の労働や職業の社会学では珍しいテーマだそうですね。そのあたりからお話を聞かせてください。
「自営業」を研究することは、「舗装されていない脇道に迷い込むこと」に近いと感じています。とくに、仕事や職業に関わる社会学の研究領域では、自営業は「残余的」な就業形態として位置づけられることが一般的です。このことは、1980年代後半から農業以外でも自営業の衰退が始まり、その減少が継続してきたことと関係があると思います。その対となる現象は労働人口に占める非正規雇用者比率の上昇ですが、社会的/学問的な関心はそちらに向けられてきました。
社会階層研究に関していえば、雇用された人びとを主な研究対象として、その内部で生じている収入や地位の移動機会の格差/不平等を捉えることが重要な研究テーマとなっています。それでも自営業にこだわってきたのは、雇用労働において生じている問題の根本を考えていくためには、「自営的な働き方」を理解しておく必要があると考えてきたためです。
――「自営業」というより「自営的な働き方」に関心がお有りなんですね。それが本書で特に焦点をあてられた「自営専門職」ということなのでしょうか?
はい、本書で焦点をあてた「自営専門職」とは、「専門的な職業に従事する自営業」を意味しています。日本標準職業分類の「専門的・技術的職業従事者」と就業形態の「自営業」を合成した概念です。もちろん、自営業の内実は非常に複雑で「概念定義」をするだけで一つの研究になるので、自営専門職によって捉えることができるのはごく一部だと思っています。それを承知のうえで「自営専門職」に着目したのは,この概念によって自営業の過去・現在・未来を一つの軸に沿ってよりよく理解するための道筋が見えると考えたためです。
もう少し具体的に言えば、次のような2つの交点に自営専門職が位置していると考えています。第1に、人びとの暮らしを支える福祉の供給源としての企業と家族に依存した仕組みが、制度的に疲弊している点です。企業からすると、これまでのように従業員の生活を守るほど余裕がなくなりつつあります。そのひとつの象徴が「非正規雇用」のように雇われていても、企業から独立して働く自営業者のように社会保険を自らで賄うということに現れていると考えています。自営業者のように働くことは、ともすれば「自分とは関わりのない働き方」と考える人が多いかもしれませんが、見方を変えると思いのほか近くに存在していることに気づいて驚くかもしれないと思います。
第2に、人間とAIやロボットが担う仕事の役割分担に関わります。後二者の著しい発展にともない、人びとの担う仕事内容がより専門的なものへと変容していくことが予想されます。もちろん、すべての仕事が専門的な仕事に置き換わるわけではないと思いますが、仕事を遂行するためにより高度な技能が必要になると考えることができます。これら2つの側面の交点として「自営専門職」に焦点を定めることにしました。
しかしながら、職業分類上の「専門的・技術的職業」と「高度な技能(スキル)」は必ずしも一対一で対応しているわけではありません。たとえば、新しい仕組みやサービスを創出して自営業を営む場合は、「事務職」や「販売職」に分類される可能性があります。これらに該当する人びとはたとえ高度な技能を持っていたとしても、「自営専門職」という概念では捉えることができません。実態としては、専門職と非専門職の境界は曖昧なものになりつつあると思います。より具体的には、ここ数年でにわかに注目され始めている「雇用関係によらない働き方」には、デジタル技術を駆使して、新しいサービスを提供する仕組みを利用して働く人びとが含まれていると思います。このようにたえず姿を変える自営業をよりよく捉えるために、刊行後は職業と同時に技能も視野に入れて研究するための枠組みを考え始めています。
――本書は、第2章から第5章までは「自営専門職」を多くのデータを計量分析することによって「数字」で追究された既発表論文ですね。単著として刊行する際にこれらの学術論文に「言葉」で説明を加えるのは大変でしたか?
そうですね。なぜ自営業に着目する必要があるのか、とりわけ、自営専門職に焦点を当てる必要があったのか。これらの点をより広い読者に納得してもらうにはどのような社会的な文脈と結びつけて話を展開するか、を最後まで悩みました。ちょうど悩みのピークだった頃に、社研の「若手研究員の会」で報告機会を得たことはとても幸運でした。この研究会は専門分野の異なるメンバーが集って議論をします。それに向けた準備と当日に頂いた多くのアドバイスは、序章と終章を書き上げるうえでとても参考にさせてもらいました。とはいえ、研究会の当日はしどろもどろの応答をした苦い記憶があります...
――ところで、著者自ら自営的な働き方のご経験があるそうですが、さらにそのルーツがお祖父様だそうですね。
はい。実は本書のひそかなウリと言っていいと思いますが、序章と終章で私の祖父がさりげなく登場します。祖父は大阪で印刷関連の町工場を経営していたのですが、企業から独立して働くことや数名の従業員に対する考え方を話してくれたことがあります。ちょうど私が会社員を辞めて研究者を志すタイミングでしたので、とても勇気づけられました。思い返せば、そこでの対話が今の研究につながる源流になっていると思います。それから時間がずいぶん経ってしまいましたが、本書の刊行が祖父に対する私なりの一つの応答になっています。
――「雇われて働くか、雇われずに働くか」本書は「自営業」のみならず、働き方の未来をしっかり見据えた本だと思いました。最後に読者へのメッセージをお願いします。
みなさんにとって「自営業」と聞いてどのような人びとを連想するでしょうか。本書では個々人によって異なる自営業に対する印象を、社会調査データに基づいてより厳密に捉えようと試みた本になっています。各人が思い浮かべる自営業と計量的な分析から浮かび上がる自営業はどこにズレがあるのか。そこに認識のギャップがあるとすれば、それは何を意味しているのか。そのようなことを考えてみると、自営業というのは謎が多くて魅力的な存在だと思います。脇道だったはずの研究対象を眺めていくと、その先には未開の地平が広がっているかもしれない・・・そんな妄想を膨らませて研究を続けたいと思います。本書を通して、「自営業を知っているけれども,案外わからない・・・」と感じてもらえると嬉しいです。
(2019年6月27日掲載)
仲 修平(なか しゅうへい)
東京大学 社会科学研究所 助教
専門分野:社会階層論・職業社会学