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新刊著者訪問 第44回

民主主義を装う権威主義: 世界化する選挙独裁とその論理
著者:東島 雅昌
千倉書房 2023年

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第44回は、東島雅昌『民主主義を装う権威主義: 世界化する選挙独裁とその論理』(千倉書房、2023年)(The Dictator’s Dilemma at the Ballot Box: Electoral Manipulation, Economic Maneuvering, and Political Order in Autocracies, University of Michigan Press, 2022) をご紹介します。

――まず、本書はどのようなことを明らかにしようとしているのでしょうか。

独裁体制(権威主義体制)というと、ナチズムやスターリニズムのような抑圧と不正にもとづく恐怖政治を想起すると思います。人々の政治的権利や市民としての自由が十分担保されていない点で現代の独裁制も例外ではないですが、同時に冷戦の終わった1990年代初頭ごろから、選挙に野党を参加させ政党間競争を許すことで、あたかも十全な民主主義国家のように振る舞う権威主義体制が増えてきました。本書では、現代独裁制の統治の論理を解明するために、権威主義体制の政治指導者(独裁者)たちが執りおこなう選挙を分析の中心に据えて検討しています。

――抑圧や不正にあまり頼ることなく、独裁体制のリーダーたちは権力を維持できるのでしょうか。

抑圧や不正など強制的手段に頼ることには、コストがともないます。例えば、抑圧を恐れて人々が正直に体制批判をしなくなると、内政の課題が分かりにくくなります。そこで、不正や暴力の少ない競争的選挙を実施すると、選挙結果は不満のありかを為政者に伝えることになるため、政治の風通しを良くするかもしれません。しかし、選挙は公正であればあるほど、独裁者たちが選挙で圧勝することが叶わなくなるでしょう。本書では、この「選挙のジレンマ」を解消する一つの方法として、独裁者たちが用いる大規模なバラマキ政策に着目しています。選挙前に人々の賃金を上げたり色々な公共政策を施し経済的果実を分け与えることで、為政者に対する大衆の「自発的支持」を引き出すことができます。大衆からの支持に下支えされれば、不正や暴力に訴えずとも選挙で圧勝することができます。本書では、以上の主張を、戦後の独裁制をカバーする多国間データを用いた定量分析と、中央アジアのカザフスタンとキルギス共和国の比較事例研究を用いて体系的に実証しています。

――中央アジアのこの2カ国に注目するきっかけはあったのでしょうか。

2008年12月に、両国をはじめて訪れたときに抱いた疑問が出発点でした。ソヴィエト連邦解体という20世紀史上最も大きな政治変動を経験し国家として独立した両国は、歴史的経緯・多民族社会・経済・政治制度・国際環境のあり方など数多くの点で「双子」のような国でした。さらに、カザフスタンのナザルバエフ大統領とキルギス共和国のアカエフ大統領は、独立後の数年間民主化に意欲的に取り組みながら、ほぼ同時期に独裁化の道を進んで自らへの権力集中を進めたのもそっくりでした。しかし、前者では選挙のたびに独裁体制が堅固化したのに対し、後者ではまさに選挙がきっかけとなって「チューリップ革命」と呼ばれる大規模抗議運動が起きて、体制が瓦解しました。この不思議なパズルを解明する鍵は一体どこにあるのだろう、と抱いた疑問が本書につながりました。

――英語と日本語の両方で、同書を出版されていますね。

私の専門である比較政治学、特に外国政治のことを研究する場合には、重要な業績の圧倒的多数は英語で出版されています。先行研究に学術的貢献をするためには英語で出版することが最も重要だと考え、英語の査読付媒体からの公刊を最優先で進めてきました。これからもそうしていきたいです。他方、権威主義体制に関する包括的分析を提示する本は日本語でとても少なく、日本の分厚い読者層に、海外で急速に発展する独裁体制研究の成果を知ってもらう機会が少ないことを残念に感じていました。また、私自身、大学生のころに日本語の優れた本を読んで知的好奇心を育んだので、日本語で書くことへの愛着も少なからずあったかもしれません。本書はあくまで専門書ですが、日本語版では構成や文章をできるだけ考えて、狭い意味での専門家以外の方にもなるべく手に取っていただけるよう工夫したつもりです。ちなみに英語版はオープンアクセスから全文ダウンロードできます。

The Dictator's Dilemma at the Ballot Box
全文ダウンロードはこちら

――最後に一言、よろしくお願いします。

『民主主義を装う権威主義』(The Dictator's Dilemma at the Ballot Box)は、日本や欧米諸国のような民主主義体制とはいえない国々の選挙と政治のあり方に焦点を当てており、その意味で「遠い国」の話に聞こえるかもしれません。ただ、あからさまな暴力や不正にできるだけ依存することなく、経済分配で人々の歓心を買おうとしたり、選挙制度を巧みに操作して政権を維持したりする現代の独裁者たちの姿は、民主主義体制の為政者にもどこか通じるところがあります。権威主義の国々に囲まれる日本にとって、周辺諸国の政治を理解するためのヒントを本書に見つけていただければとても嬉しいですし、また私たちの民主主義の現在地を再確認するためのよすがとして、何がしかの役に立てばとてもありがたいと感じています。

――どうもありがとうございました。

東島雅昌(著)"The Dictator's Dilemma at the Ballot Box: Electoral Manipulation, Economic Maneuvering, and Political Order in Autocracies"が 第44回 アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞を受賞しました。

社研ニュース https://issnews.iss.u-tokyo.ac.jp/2023/06/the-dictators-dilemma-at-the-ballot-box-electoral-manipulation-economic-maneuvering-and-political-or.html

(2023年7月20日掲載)

東島雅昌 (HIGASHIJIMA Masaaki)

東京大学 社会科学研究所 准教授

専門分野:比較政治学・体制変動論

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