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新刊著者訪問 第45回

文化財の不正取引と抵触法
著者:加藤 紫帆
信山社 2024年:5800円(税抜)

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第45回は、加藤紫帆『文化財の不正取引と抵触法』(信山社、2024年) をご紹介します。

――はじめに、この本を出版された経緯について教えてください。

 本書は、筆者が、2018年に名古屋大学から博士(法学)号を授与された学位論文「国境を越えた文化財の不正取引に対する抵触法的対応:グローバル・ガバナンスのための抵触法を目指して」がベースとなっています。この博士論文は、2018年~2020年にかけて、名古屋大学大学院法学研究科が発行する学術雑誌『名古屋大学法政論集』で連載をしていました。本書は、全9回にわたったその連載論文に加筆修正をほどこした上で、本として一冊にまとめたものとなります。

――本のタイトルにある「抵触法」というのは、多くの人にとって聞き馴染みのない言葉であるように思うのですが、どのような法のことをいうのでしょうか。

 「抵触法(Conflict of Laws)」は、筆者が専門とする法分野でありまして、簡単に言いますと、国際的な私法上の法律関係を取り扱う法のことをいいます。具体的には、国際取引や国際結婚のように、複数の国家に関連を有する民法や商法などの私法上の法律関係について、①どこの国の法律を適用するか、②どこの国の裁判所でそれに関する紛争を解決するのか、さらには、③既に外国の裁判所が判決を下している場合、ほかの国はその判決をどのように扱うのか、といった点について決定する法分野のことをいいます。抵触法は、このように法の抵触を解決するための法ということになります。
 ちなみに、抵触法は、「国際私法(Private International Law)」とも呼ばれるのですが、皆さんがよく耳にされる「国際法」とは、一応、別の法律となります。抵触法上のルールは、現在、基本的に各国の国内法として制定されたり裁判所の判決を通じて形成されたりしていますので、国家間のルールとしての国際法とは区別されます。

――文化財の略奪と返還という問題は、ニュースで耳にすることがありますが、抵触法の観点からは、どのような問題があるのでしょうか。

 第二次世界大戦後の第三世界の独立や、グローバルなアート市場の広がりを受けまして、違法な形での文化財の国外流出が加速・深刻化していることが、国際社会において大きな問題となってきました。日本との関係でも、文化庁の調査により、国指定重要文化財の一部が所在不明であることが明らかになっており、文化庁は、平成27(2015)年度より、その一部が海外に流出していないかどうかの調査も行っているようです。
 ある文化財が由来する国家やその元の所有者が、国外に流出した文化財を取り戻す方法としては、国家間交渉や国際条約の枠組みを利用するほか、文化財が現在所在する国家の裁判所において、民事訴訟を通じた返還請求を行うという途が考えられます。しかしながら、抵触法の伝統的なルールでは、一般に、ある国の裁判所が、ほかの国の文化財不正流通規制に関する法律を適用することはない、とされてきました。抵触法は、私法上の法律関係を取り扱う法分野であり、例えば日本の裁判所が外国の民法を適用することは問題ないのですが、外国の刑法や行政法といった公法は適用できないと考えられてきたのです。これを外国公法不適用ルール(public law taboo)と呼ぶこともあります。さらに、ある物を誰が所有しているのかといった物権関係をめぐる法律問題については、物の所在地の法が適用されるという抵触法のルールがあります。日本の抵触法ですと、「法の適用に関する通則法〔平成18年法律第78号〕」という法律の13条2項が、このルールを明文で定めています。
 そこで、A国の裁判所におけるB国由来の文化財Xの返還請求訴訟において、文化財Xの売買を禁止するB国の文化財不正流通規制が適用されることはなく、場合によっては、文化財Xの売買当時の所在地法であるA国法やC国法に従い、第三者による正当な所有権の取得(善意取得など)が認められることで、元の所有者による返還請求は退けられてしまう、といった事態が生じてしまうのです。

――なるほど。そこで、この本では、今の問題に対してどのような対応を提唱しているのでしょうか。本の帯には、「グローバル・ガバナンスのために抵触法が果たす役割」を探る、とありますが、グローバル・ガバナンスはどのように関係してくるのでしょうか。

 抵触法上の処理方法は、今述べたような形で国際的な民事訴訟を通じた文化財の返還の障壁となっており、国境を越えた文化財の不正取引を「助長」するものとして、批判されてきました。そこで本書では、日本の裁判所において、盗取や不法輸出により流出した外国文化財の返還が、現在の持ち主に対して求められた場合を念頭に、外国公法不適用ルールなどの、抵触法の従来のルールの妥当性について再検討しています。
 細かいルールの提言はここでは省略しますが、本書の核となる主張は、従来どちらかといえば企業や個人の私的利益の保護に重きを置いてきた抵触法のあり方を改め、グローバル・ガバナンス(共通目標に従い、集団的行動を通じて、グローバルな経済・社会を統御するプロセス)というより広い視座から、抵触法の役割を再検討すべきであるというところにあります。グローバル空間において、抵触法が、主に国際民事紛争の解決を通して、一定の規整的役割を果たすべきである、という主張です。本書は、このようなグローバル化の下での抵触法のあるべき機能変化に関する一般的で理論的な関心から、国境を越えた文化財の不正取引を題材に、具体的な対応を探ったものとなります。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 本書は、抵触法というややニッチな法分野の専門書ですので、多くの方々に関心をもっていただけるような書物ではないかもしれませんが、文化財の略奪や返還の問題に興味がある方は、諸外国の裁判所における返還請求訴訟の実際の事例も紹介していますので、ご関心のあるところだけでもお読みいただければ嬉しく思います。

――どうもありがとうございました。

(2024年7月18日掲載)

加藤紫帆 (KATO Shiho)

東京大学 社会科学研究所 准教授

専門分野:比較現代法・国際私法(抵触法)

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