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新刊著者訪問 第42回

司法の法社会学Ⅰ─ 個人化するリスクと法的支援の可能性
司法の法社会学Ⅱ─ 統治の中の司法の動態
著者:佐藤 岩夫
信山社 2022年8月

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第42回は、佐藤 岩夫『司法の法社会学Ⅰ― 個人化するリスクと法的支援の可能性』(信山社 2022年8月)、『司法の法社会学Ⅱ─ 統治の中の司法の動態』(信山社 2022年8月) をご紹介します。

――まず、この本を出された背景を教えていただけますか。

 私の専門の法社会学は、法が社会でどのように機能しているか(あるいはしていないか)を、実際の社会のなかで観察し、理論化する学問です。その研究を進めるなかでいくつかのテーマに取り組んできましたが、その一つが司法制度です。司法制度についてこれまで発表してきた研究から、司法制度の現実の姿や機能を実証的に明らかにし、その知見に基づき法社会学研究への理論的貢献や司法制度の改善に向けた政策的提言として意義が大きいと考えたものを選んでまとめたのがこの本です。

――なぜ、司法制度に関心を持たれたのですか。

 いろいろ理由がありますが、いま振り返って一番大きなきっかけだったのは、やはり司法制度改革をめぐる動きです。1990年代後半から2000年代にかけて、従来の司法制度にさまざまな問題があることが指摘され、司法制度のあり方を大きく見直そうとする議論が活発になされました。2001年6月に発表された司法制度改革審議会意見書が大きな区切りとなりました。その後、法曹人口の増加や法曹養成の新しい仕組み、裁判員制度、総合法律支援制度、消費者団体訴訟制度、労働審判制度など多くの新しい制度が創設されました。それらの動きを横目で見ながら、法社会学の視角から、現代日本の司法制度の実態、それがはたしている機能、現在直面している課題などを明らかにする研究を進めているうちに、あっという間に20年が過ぎてしまいました。

――同時に2冊刊行ですね。

 これは少々いきさつがあります。この本は最初は1冊にまとめて出すつもりでした。しかし、実は、司法制度に関する私の研究関心と方法は一つではありません。研究関心の点では大きく二つあって、一つは、日常のトラブルや紛争をめぐる人びとの経験・行動の実態や、そのために設けられている相談や解決の制度の機能を明らかにする研究で、もう一つは、統治システムの一部としての司法制度の実態や機能を明らかにする研究です。研究方法の点では、社会調査研究と比較法社会学研究です。この間、第一の、日常のトラブルや紛争をめぐる人びとの行動の実態の解明や具体的制度の機能分析には主として社会調査研究の方法を用い、第二の、統治システムの一部としての司法制度の実態の解明や機能分析には主として比較法社会学研究の方法を用いて研究を進めてきました。本の構成をあれこれ考えているうちに、このような研究デザインを本の編成にも反映したいという気持ちがだんだん強くなりました。そこで、編集者には泣いてもらい(笑)、途中で2巻に分けることにしました。

――各巻の基本コンセプトを教えてください。第Ⅰ巻のサブタイトルは「個人化するリスクと法的支援の可能性」、第Ⅱ巻は「統治の中の司法の動態」となっていますが、これらのタイトルには、どういう意味が込められているのでしょうか。

 これは、司法制度の機能や課題をマクロな現代社会の特徴との関係で捉えるというこの本のねらいを表しています。とくに第Ⅰ巻の各章の基礎には、現代社会の「個人化」の進行への関心があります。現代社会では、個人化が進行するとともに、日常生活を送る際に不可避的に生じるリスクに対して、人びとが個人として対応することを余儀なくされる事態が生じています。このリスク負担への備えを社会として用意することが重要で、そのような「リスクの個人化」への社会の支援という角度から司法制度を考察しています。また、日本の社会・経済が直面するグローバル化や現代のガバナンス改革などの動きに司法制度がどのように対応するかという課題もあります。この関心が、第Ⅱ巻で違憲審査制や司法制度改革、弁護士制度を考えるときの基礎になっています。2つの巻のサブタイトルにはそのような問題関心が反映しています。

――この本の中では、市民社会の公共性やアソシエーションといった言葉もよく出てきますね。司法制度と直接関係ありますか。

 冒頭でいくつかのテーマに取り組んできたと言いましたが、司法制度のほか、市民社会やその基礎にある市民の活動と法制度との関わりに関する研究もその一つです。そこでは、法制度が、社会運動やアソシエーション、非営利組織などの活動をどのように支援できるのかを考えてきました。私のなかでは、司法制度の研究と市民社会の研究は密接に結びついていて、司法制度もまた、市民社会を支える制度の一つという側面があると考えています。さらにいえば、私の研究の根底には、社会におけるアソシエーション(自発的結合)の契機を大事にしたいという関心があります。そういったことが、この本のいくつかの章にも反映しています。
 ちなみに、ちょうど今、市民社会と法に関する別の本をまとめる作業を進めているところです。司法制度との関連では、「市民活動による社会形成と司法改革の課題」という論文もあり、なぜ今回の本に収録しなかったのかといってくれた人もいたのですが、この論文は、市民社会の本のほうに収録することにしています。

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

 司法制度は今も大きく動いている分野です。経験科学的・実証的な学問としての法社会学の特長をいかして司法制度の実態や課題を明らかにしたこの本は、司法制度の今後のあり方を考えるうえでいくつかの重要な手がかりを与えるものになっていると思います。多くの法学研究者や実務家、法律家をめざす学生に、この本を手にとってもらえればと願っています。
 また、司法制度は、法学の諸分野だけでなく、統治システムの一部という観点からは、政治学や行政学などとも深い関わりがあります。さらに、現代社会における「個人化」の進行という問題関心は社会学とも密接に関連しています。この本が、広い分野の読者の関心を刺激することがあれば、それも大変うれしく思います。

――どうもありがとうございました.

(2022年11月28日掲載)

佐藤岩夫 (SATO Iwao)

東京大学 社会科学研究所 教授

専門分野:法社会学

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