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新刊著者訪問 第43回
The International Law of Sovereign Debt Dispute Settlement
著者:中島 啓
Cambridge University Press, September 2022
このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。
第43回は、中島 啓『The International Law of Sovereign Debt Dispute Settlement』(September 2022, Cambridge University Press) をご紹介します。
――まず、この本が出版された経緯について教えてください。
本書は、筆者がスイス(ジュネーブ国際開発高等研究所)留学中に執筆し提出した博士論文をもとに加筆修正したものです。2013年から本主題に関する研究を開始したのですが、その後一時研究から裁判実務に軸足を移していたこともあり(注:2017年から2020年まで筆者はオランダ・ハーグの国際司法裁判所勤務)、博士論文を提出できたのは6年後の2019年でした。博士号取得後間もなく出版社の方にコンタクトを取り出版に向けた作業を開始したものの、査読対応や原稿修正作業を経て、最終的な刊行までさらに3年近くかかってしまいました。
――ソブリン債(あるいは国債・公債)という言葉は金融関係のニュースでは耳にすることもありますが、国際法ではあまり馴染みがないように思います。
国際法の教科書を見ると、多くの場合、国際経済関係の章の大半は貿易投資の規律の記述に充てられ、ソブリン債はおろか金融関係の記述はほとんどない例も珍しくないように思います。ですので、ソブリン債を専門(の1つ)としていると自己紹介をしても「??」という反応を示す同業者も少なくないのは確かです。
確かに「ソブリン債」と金融用語を用いるととっつきにくさがありますが、国家(ソブリン)が外国政府や外国人投資家から借り入れた債務についてデフォルト(債務不履行)してしまった事態(要するに、借金を返せなかった場合)をどのように法的に規律するかという、昔からある問題です。よく債務不履行に陥る国としてはアルゼンチンが有名です(2020年に6年ぶり9度目のデフォルト)。他にも、ギリシャ債務危機(2010年前後)や、より最近では、「債務の罠」に陥ったともいわれるスリランカや、ウクライナ侵攻直後のロシアなどがよく知られた例かと思います。
――どのような問題があるのでしょうか。
国家の場合には、デフォルトしたからと言って、個人や企業のような破産や民事再生の手続を利用してスムーズに事業の精算や再生を図ることはできません。未償還の債務はあくまで存続し、その利子はかさんでいきます。この状況を奇貨とするのがヘッジファンド(ハゲタカファンド)と呼ばれる一部の機関投資家であり、暴落した債券を敢えて市場で買い増し、債券の額面価格の償還と利子の支払いを請求し、その差額で莫大な利益を得ようとする戦略を採ります。ニューヨークやロンドンをはじめとする金融市場が所在する多くの国で訴訟や財産執行の手続に訴えますので、債務国政府としては応訴するだけでもかなりの負担です。加えて、そうした紛争や訴訟を抱える間は金融市場で新たに資金調達を行うことがほぼできない(注:新たな貸し手が見つかる見込みが薄い)ので、経済財政の再建の見通しが遠のくという問題もあります。この間、緊縮財政やインフレ、失業率上昇などで経済的に苦しむ債務国国民の窮状も忘れてはならない課題です。
――そうした問題に関心を持たれた経緯について教えてください。
私がジュネーブ留学を開始した2013-14年は、先ほど言及したアルゼンチンとヘッジファンドの法廷闘争が最高潮を迎えていた時期でした。この間の経緯は複雑ですので詳細は本書を参照いただきたいですが、デフォルト(2001年)に起因する債券償還請求紛争を争っていたアルゼンチンは、ヘッジファンド側の巧妙な訴訟戦術もあり、2014年夏に再びデフォルトに陥ることになります。主権国家が一民間企業に、しかも訴訟というそれ自体としては極めてまっとうな手段を通じてそのような窮地に追い込まれる姿は非常に衝撃的でした。
ジュネーブ留学に際して用意していた研究計画は、実は本主題とは全く異なるものだったのですが、リアルタイムでこうした歴史的出来事を目の当たりにし、全くのゼロから取り組んでみることにしました。
――国際法の観点からはどのように論じられるのでしょうか。
様々なアプローチがあると思いますが、本書では、経済再建の一環として債務再編を自ら司る債務国政府の責務と、債権回収を試みる債権者・投資家の利益のバランスをどのように図るかという観点を視座に据えています。貸したお金の返済を訴訟や仲裁を通じて求めるというそれ自体としては正当な投資家の行為が、デフォルトに陥った債務国の再建の足枷となってしまう状況を念頭に、両者のバランスの再調整を、破産や民事再生という強力な制度的な裏付けなく、既存の様々な国際法上の仕組みのパッチワークを通じてどこまで追求できるかを論じてみました。国際「破産」裁判所やそれに類する仕組みは何度か構想され、その都度頓挫してきたという歴史的経緯があるのですが、近い将来に実現する見込みが高くないそうした野心的な構想に代わる現実的なメカニズムを、不完全ながらも提示しようとしてみたのが本書です。
――どうもありがとうございました。
(2023年5月25日掲載)