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新刊著者訪問 第21回

『東大塾 社会人のための現代中国講義』
著者:高原明生・丸川知雄・伊藤亜聖編
東京大学出版会 2014年:2800円(税抜)

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第21回は、高原明生・丸川知雄・伊藤亜聖 編『社会人のための現代中国講義』(東京大学出版会, 2014年11月)をご紹介します。今回は、丸川教授、伊藤講師にお話を伺いました。

社会人のための現代中国講義
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関連書籍
本書の各章で、各著者がそれぞれ3冊ずつ関連書籍を挙げています。そのなかで複数の著者が挙げている本が以下の2冊です。
吉澤誠一郎『愛国主義の創成――ナショナリズムから近代中国をみる』(岩波書店、2003年)
愛国主義の創成
王錚(伊藤真訳)『中国の歴史認識はどうつくられたのか』(東洋経済新報社、2014年)
中国の歴史認識はどうつくられたのか

手前味噌ながら拙著も1冊。

丸川知雄『チャイニーズ・ドリーム――大衆資本主義が世界を変える』(ちくま新書、2013年)
チャイニーズ・ドリーム

――本書は「グレーター東大塾」待望の書籍化とのことですが、そもそも「グレーター東大塾」とはどういうものですか?

グレーター東大塾

グレーター東大塾 第6弾「中進国時代の中国を読み解く」

(丸川) 東京大学卒業生室が社会人向けに2010年から年2シリーズのペースで開催している講座です。1シリーズは10回の講座で構成されます。参加定員が30名限定で、毎回講義以外にかなりの時間をかけて質疑応答や討論をしますので、「塾」の雰囲気があります。第1回は2010年の「木の社会の実現に向けて」で、その後深海資源、海洋生物など理系的テーマが先行しました。文系的テーマは2012年の「アジアの新しい形を構想する」が最初です。グレーター東大塾の講座を本にしたのは初めてとのことですが、私はプログラムが固まった時からこれは本にできる、本にすべきだと思いました。なぜなら、私を除けば日本の現代中国研究を代表するといっても過言ではない講師陣であること、また問題意識の高い受講生との間で面白いインタラクションが生じるだろうと予想できたからです。現代中国に関する入門書は実は少なくないのですが、話し言葉で、かつ専門性もしっかりした本はなかなかありません。もともとの講座が社会人向けだったので本にも「社会人のための」と銘打ちましたが、学生にも読んで欲しいと思っております。

――本書の概要を教えて下さい。

(丸川) 2013年9~12月に実施したグレーター東大塾「中進国時代の中国を読み解く」の10回の講義の録音記録原稿を元にして各講師が加筆修正を行って本にしました。中国の政治、経済、外交、安全保障、ナショナリズム、法、社会の現状を取り上げています。東大の教員9名と民間エコノミストとして活躍している東大院OB1名が自分の得意とするテーマについてみっちり語っています。また、参加者からの質問に答えた質疑応答に多くのページを割いているのも特徴です。

――実際に講義の会場の運営、講義録、質疑応答の記録の作成は大変な作業だったと思います。どのようなご苦労がありましたか?

(伊藤) 運営面では東京大学卒業生室の多大なお力添えを頂いたので、苦労はありませんでした。一方で、受講生がまさに社会の第一線でご活躍されている方々でしたので、仕事の関係上、不本意ながら欠席せざるを得ない講義がでてくると予想されました。そこで、大学院生の協力を得ながら講義録を作成して配布しました。この講義録という形をとったことが、本書の最大の特徴にもなっていると思います。先生方が普段執筆されている学術論文が各講義の骨格と土台を形作っていますが、そのエッセンスを話し言葉で提示し、また受講生との質疑応答を通して、さらに踏み込んだ解釈や示唆が引き出されていきました。本書を通して、東大塾の教室での雰囲気や議論の盛り上がりを少しでも感じていただければ幸いです。

――確かに、すごく臨場感が伝わってきます。質疑応答では予期せぬ質問がでましたか?

(丸川) 最近の授業では質問が出ないか、あるいはせいぜい出ても「○×のところぼんやりしていて聞き逃したのでもう一度説明して下さい」といったタメ息の出る質問ばかりですが、グレーター東大塾ではさすが日々の実務で中国に直面している方々ならではの鋭い質問や意見が活発に出ました。受講生のなかには講師の我々よりも中国に長期に滞在した経験のある人もいれば、一度も中国に行ったことのない人もいるので、講義のあと、しばしグループ討論の時間を設けて互いに教えあい、その後、グループごとに質問や意見を出してもらうことにしました。予期せぬ質問というよりも、受講生の質問によって説明が不十分だった点が効果的に引き出されているように思います。

――なるほど。ところで、丸川先生には2009年にこの「新刊著者訪問」第1回ゲストとして『「中国なし」で生活できるか』についてお話を伺いました。当時は冷凍餃子事件が話題で、食品衛生問題など中国のマイナス面が強調されていた頃でしたが、最近では春節の爆買が記憶に新しく、この5年でまた中国のイメージが大きく変わってきました。これからの日中関係はどうなっていくと思いますか?

丸川教授

丸川教授

(丸川) 前回のインタビューのあと、2010年には尖閣沖で中国漁船と日本の海上保安庁の巡視船が衝突する事件が起き、2012年には尖閣諸島を日本が国有化したことに対して中国が猛反発しました。2009年には「両国関係が決定的に悪化するようなことは起きないだろう」と楽観的なことを言っておりましたが、政府同士の関係では決定的悪化の瀬戸際まで行ったときもあります。ただ、尖閣問題で日中の政府間がぎくしゃくしていた2010年~12年に、日本企業の中国への直接投資が毎年史上最高額を更新し続けたことも事実です。これも前回のインタビューで言ったように、日中関係は複雑であり、単に一次元の指標で「いい」とか「悪い」とか言えるようなものではありません。
 中国人観光客による日本での「爆買」は、一部のテレビ局ではキャスターが嫌みたらしく伝えたものの、一般には日本経済へのポジティブな効果も伝えられました。しかし、その背景にも目を向けてほしいです。まず、1980年代~90年代に中国で「爆買」していたのは日本人だということ。中国の国内総生産(GDP)が2010年に日本を上回ったことは知られていますが、2014年には日本の2.2倍以上になったということは余り多くの人は意識していないでしょう。日本で最も有力な企業であるトヨタ自動車を時価総額で上回る民間企業が中国にあることもほとんどの人は知らないでしょう。最近、中国の沿海部での一般労働者の賃金は月4000-5000元ですが、円安の結果、これが日本円に換算すると10万円だということに気づいてかなり驚きました。日本に観光に来ているのは「中国の富裕層」だとテレビは伝えますが、もうこの認識も古くなりつつあるのではないかと思います。
 これからの日中関係ですが、前回同様一元的な答えはできませんが、総じて言えば楽観視できないです。まず1970年代以来、中国が歴史問題などにおける日本に対する不満をこらえる最大の鍵であった日本の経済的、技術的優位性が徐々に失われつつあります。日本はかつて中国に協力の手を差し伸べてくれる貴重な存在でしたが、今では日本の地位は相対的に低下しているので、中国も日本に遠慮しなくなるでしょう。他方、日本国内では従来はマージナルな潮流でしかなかった排他的ナショナリズムが政治や言論の主流への影響力を拡大しており、中国や韓国の怒りを買うような政治家やマスコミの言動が発生しやすくなっております。何らかの事件をきっかけに相互にナショナリズムを刺激し合って両国関係が緊張するような局面が再び起きる恐れは十分にあります。
 しかし、他方で中国の所得水準が上がってきたことで以前よりも中国人とつきあいやすくなった面もあります。かつては先進国/後進国、援助する側/される側といった国家間の非対称な関係を個人間の関係においても意識させられることがありましたが、いまでは純粋に関心や利益に基づいたつきあいができます。日中関係がどうなるか、ということを客観的に論じるよりも、何とか良好な日中関係が広がるように努力していきたいです。

――そうですね。最後に読者へのメッセージをお願いします。

(丸川) 本書は中国の政治から始まり、民族問題やナショナリズム、外交と安全保障など、前半はなかなか変わらない中国、いろいろな問題を抱えた中国という面が強調されます。しかし、後半は経済、法、社会を取り上げ、発展する中国、デモクラシーの曙光も見える中国など変化する側面にも光を当てています。音楽で言えばブラジルのサンバのように短調で始まって長調で終わります。

(2015年5月1日掲載)

丸川先生・伊藤先生

丸川知雄(まるかわともお)

東京大学 社会科学研究所 教授

専門分野:中国経済


伊藤亜聖(いとうあせい)

東京大学 社会科学研究所 講師

専門分野:中国経済論

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