案内
社研卒業生の現在(いま)
中村民雄さん
現在、早稲田大学法学学術院でご活躍の中村民雄さんに、社研在籍当時や最近のご様子についてお話を伺いました。
プロフィール
中村民雄(なかむら たみお)
早稲田大学法学学術院(教授)
早稲田大学比較法研究所(所長)
専門分野:英米法・EU法
社研在職期間:1999年9月~2010年3月
助教授(1999年9月~2006年3月)
教授(2006年4月~2010年3月)
私は、東大の大学院修了後、成蹊大学法学部で30代をすごし、40代はまるまる社会科学研究所ですごした。1999年9月から2010年3月である。50代のいまは早稲田大学法学学術院ですごしている。年代の層をなすように法学を職としつつ職場を変えながら人生を送ることになったのは単なる偶然だが、私の気質がそういう人生を受入れ易くしていることも間違いない。
東大や成蹊大学が法学部的粘土層だったとすれば、社研は、社会諸科学が入り混じる砂礫層であり、また粘土層と違い、自由度が大きいスカスカの砂礫層であった。当初それに驚かされた。着任したとき、法学者だった所長は「君には教える権利がある」といわれた。教える義務からの解放をこれほど希望あふれる簡潔さで表現した人はいない。かたや新任の私を歓迎してくださった経済学分野の先生の一人は居酒屋で「近頃運動不足だ」と嘆かれた。どうも話がつながらないのでよくよく聞けば、「社会運動」の不足であった。そんな表現もあったのか。とんでもない秘境に迷い込んだのでは、とおののいたが、酔いの勢い、えいや探検してやれと決めた。
そこで私はつとめて法学以外の先生を誘い出し、あるいは誘われて、昼は山上会館、夕べは居酒屋で、よもやま話をしながら、それとなく相手の研究関心や発想法をさぐった。理論系の経済学者の発想はとくに面白かった。法学者が社会の病巣をうじうじ検査してちまちま慎重に診断する内科医だとすれば、社研のモデル好きの経済学者の一部は「私、失敗しないので」と豪語してズケズケ手術する外科医であった。その手にかかれば、私というかけがえのない人間存在が、一定の指標によりあっという間に「シンプリチオ君」に置き換えられる。勝手に置き換えるなと内心叫びつつも、聞けば聞くほど、彼らなりのモデルの単純さに悩む悩みがあり、あなたもあなたで苦しいのね、とやがて同情もわくのであった。
かくして私の社研エンジョイ法は、ジャズ・カルテットのセッションよろしく、法学、政治学、経済学それぞれの美学と技を活かして一つの共通のテーマ(音楽)を研究(演奏)しようと相手を誘い出すものになった。私の研究関心の一つEU、その変容しながらも安定している奇妙な存在を、さまざまの学問の方法論で切り込んでみたらどうだろう。2000年代初めの当時、EUは「ヨーロッパの将来」諮問会議を開いてEUの行方を探っていた。その後(結果的には発効に失敗するのだが)欧州憲法条約(2004)などが起草されていった。そこで私は、いろんな学問方法でEUに切り込むジャズ・セッションをしようよと社研の同僚や全国の有志に呼びかけ、シンポジウム(第14回「社研シンポジウム」EUの将来——新たな視座——2002年5月22日)を開いた。同じEUを他の学問手法の人たちはこう切り込むのかと分析方法への驚きもあり、またそこから見えてくるEUの画像の多様さも大いに楽しんだ。その成果を社研の紀要に出し、さらに練って『EU研究の新地平』(ミネルヴァ書房 2005年2月)という本にして出した。これは面白い。私は味をしめた。
2007年7月21日のCREP国際シンポジウムの一コマ
次には、セッションをさらに大規模にして、全所的プロジェクトの一つを立ち上げた。EU、南米、ASEANなどのマクロ地域主義の比較研究プロジェクト(CREP)である。国内、外国の研究者も巻き込んでの数年にわたる息の長い研究だった。政治・経済・国際関係など多様な分野の手法による研究成果をふまえつつ、その延長線上に東アジア諸国・諸国民間の恒久平和・持続可能な共栄をめざして「東アジア共同体憲章案」を法学者を中心に起草し、国際シンポジウム(2007年7月21日)で披露した。CREPの成果は、和文(中村民雄ほか『東アジア共同体憲章案』(昭和堂、2008))と英文(Tamio Nakamura (ed.), East Asian Regionalism from a Legal Perspective (Routledge, 2009)/社研HP)で出版した。
こうしてジャズばかりやっているうちに、私の40代は暮れていき、さあて次は何をしようかと一息ついて思念していたとき、早稲田から声がかかった。あの教える義務からの呼び声である。「教育義務最小化シンプリチオ君」モデルなら迷わず社研に残っただろう。だが、私はその種のシンプリチオ君ではなかった。舞台をガラリと変えてみるのも自分のフロンティア精神をそそられていいかもしれないと思った。
学生たちと(ベネチア国際大学にて)
移ってすぐ、早稲田の法学部報に私は書いている。「世界最先端の面白い研究を展開して、世界の学生にも研究者にも早稲田に来て学んでみたいと言わせてみたい。面白い研究の成果は面白い授業となって必ずや次世代の学生たちを魅了するだろう。」(Themis30号12頁)ずいぶんと高慢ちきな気負いだが、本気でそういう野心があったのも確かで、その後幸運を得てついに2018年4月、大学院の修士課程の一つとして、全部のクラスを英語で教える新しい法学修士のコース「アジア経済統合と法」LL.M.(LL.M. in Asian Economic Integration and Law)を立ち上げることができた。これらはまさに社研でのCREPの研究成果のおかげである。いまはアジアや欧米から来た多様な学生を相手に、毎週楽しく議論している。
こうして振り返ってみて思うのだが、おそらく私は基礎法学の職人として腕を試し磨きたいのである。秘境だろうと平地だろうと、ソロだろうとジャズだろうとオーケストラだろうと、研究だろうと教育だろうと、あらゆる場所と状況に適応し、技と誇りをもって、堅実ながら開拓精神あふれる仕事を楽しくやっていきたい。目立たなくていい。いい仕事してるね、そういわれたいし、いわせたいのだ。
今日は思いがけず、いろいろ楽しい「例え」が出てきてちょっと驚きました。基礎法学の職人にご自身を例えられていますが、これからはまさに円熟期ですね。ますますのご活躍を期待しています。
(2018年7月13日掲載)
- 最近、嬉しかったことは何ですか?
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昨年末に家族で石垣島にいき、シー・カヤックやスキューバ・ダイビングをしたことでしょう。川平(カビラ)湾は抜群に美しかった。もともと山が好きで、海は疎遠でしたが、川平のカヤックとダイビングは爽快でした。漕げば海は微妙な緑(あお)が入り混じり、潜ればカラフルな魚がひらひらと舞うように散り、大きなシャコガイの青紫の波うつ口が、泳いで近づくとバクッと閉じる不気味さ。また行ってみたいです。